現代の関数解析学および位相幾何学において、多価写像から連続な一価の関数(選択写像、あるいはセレクション)を切り出す問題は、非線形解析、微分包含式、最適化理論、C*代数論など多岐にわたる分野で基礎的な役割を果たしています。本稿では、無限次元バナッハ空間の幾何学的構造を背景としたBartle-Gravesの定理と、その数学的基盤であり位相空間論における金字塔であるMichaelの選択定理(凸値版)について、基礎概念の定義から具体的な証明のステップ、および応用例までを網羅的に解説します。
定理の厳密な理解に向けて、必要となる基礎概念を完全に網羅して定義します。
位相空間 $X$ がパラコンパクト(Paracompact)であるとは、$X$ がハウスドルフ空間であり、かつ $X$ の任意の開被覆 $\mathcal{U}$ に対して、それを局所有限に細分する開被覆 $\mathcal{V}$ が存在することをいう。ここで、$\mathcal{V}$ が局所有限であるとは、任意の $x \in X$ に対して、ある近傍 $W$ が存在し、$\mathcal{V}$ の元のうち $W$ と交わるものが有限個しかないことを指す。
例: 任意の距離空間(Metric space)はパラコンパクトである(A. H. Stoneの定理)。また、任意のコンパクトハウスドルフ空間も当然にパラコンパクトである。したがって、解析学に登場する大半の空間がこの条件を満たす。
$X$ を位相空間、$Y$ を位相空間とする。$X$ の各点 $x$ に対し $Y$ の空でない部分集合 $F(x) \subset Y$ を対応させる規則を多価写像(Set-valued map / Multifunction)と呼び、$F: X \to 2^Y \setminus \{\emptyset\}$ と表記する。
多価写像 $F$ が $X$ 上で下半連続(Lower Semi-Continuous, l.s.c.)であるとは、 $Y$ の任意の開集合 $V$ に対し、集合 $$ \{x \in X \mid F(x) \cap V \neq \emptyset\} $$ が $X$ の開集合となることをいう。これは直感的には、「$x$ を少し動かしたときに、像である集合 $F(x)$ が突然内側に縮まない(爆発的に小さくならない)」ことを意味する。
多価写像 $F: X \to 2^Y \setminus \{\emptyset\}$ に対し、一価の写像 $f: X \to Y$ が $F$ の選択写像(Selection)であるとは、任意の $x \in X$ に対して $$ f(x) \in F(x) $$ が成立することをいう。特に $f$ が通常の意味で連続写像であるとき、これを連続選択写像(Continuous selection)と呼ぶ。
Ernest Michaelが1956年に発表した一連 of 論文は、連続選択写像の存在条件をトポロジーの観点から完全に体系化しました。ここでは最も広く応用される「バナッハ空間上の凸値版」を扱います。
$X$ をパラコンパクト空間とし、$Y$ をバナッハ空間とする。$F: X \to 2^Y \setminus \{\emptyset\}$ を、任意の $x \in X$ に対し $F(x)$ が $Y$ の閉凸部分集合となるような下半連続多価写像とする。このとき、$F$ の連続選択写像 $f: X \to Y$ が存在する。
もし $F(x)$ が凸集合でない場合、連続選択写像は一般に存在しません。例えば、 $X = \mathbb{R}$, $Y = \mathbb{R}$ とし、多価写像を以下のように定めます。
$x$ が 0 でないとき、 $F(x) = \{-1, 1\}$
$x$ が 0 のとき、 $F(0) = [-1, 1]$
この $F$ は下半連続ですが、 $x \neq 0$ において値が離散的な2点になっており、凸集合ではありません。このとき、 $x > 0$ で $f(x)=1$, $x < 0$ で $f(x)=-1$ のように選ばざるを得ず、 $x=0$ を跨ぐ際にどのように一価関数を選んでも不連続点が現れます。$F(x)$ が凸集合であれば、離れた選択肢を「内分線分(凸結合)」を介して滑らかに繋ぎ合わせることができるため、連続性を維持できます。また、パラコンパクト性は、局所的な良い近似解を「1の分割」によって大域的にパッチワークのように貼り合わせるために不可欠です。
証明は、パラコンパクト空間上で機能する「1の分割(Partition of unity)」を用いた逐次近似法によって行われます。任意の $\varepsilon > 0$ に対し、すべての $x \in X$ で $F(x)$ の $\varepsilon$-近傍に値を持ち、かつ自身が連続な関数を作れることを示し、それらを完備性によって収束させます。
ステップ 1: 局所的な選択肢から $\varepsilon$-近似連続写像の構成
任意の $\varepsilon > 0$ を固定する。各 $x \in X$ に対し、 $F(x) \neq \emptyset$ であるから、適当な元 $y_x \in F(x)$ を選ぶことができる。$F$ の下半連続性の定義から、開球 $B(y_x, \varepsilon) = \{y \in Y \mid \Vert y - y_x \Vert < \varepsilon\}$ を考えると、
$$ U_x = \{z \in X \mid F(z) \cap B(y_x, \varepsilon) \neq \emptyset\} $$
は $X$ の開集合であり、かつ $x \in U_x$ を満たす。したがって、家族 $\mathcal{U} = \{U_x\}_{x \in X}$ は $X$ の開被覆となる。
$X$ はパラコンパクト空間であるため、開被覆 $\mathcal{U}$ に従属する局所有限な1の分割が存在する。それを $\{\phi_i\}_{i \in I}$ とし、対応する開被覆の元(および選ばれていた点)の添字を $x_i$ とする。すなわち、各 $\phi_i: X \to \mathbb{R}$ は連続関数であり、その台(support)の閉包は $\mathcal{U}$ のある元の内部に含まれ、任意の $z \in X$ に対して $\sum_{i \in I} \phi_i(z) = 1$ (ただし各点において非ゼロとなる $i$ は有限個)を満たす。
ここで、一価の関数 $g: X \to Y$ を次のように凸結合によって定義する: $$ g(z) = \sum_{i \in I} \phi_i(z) y_{x_i} $$ 各 $z \in X$ の局所近傍において和は有限回しか行われないため、$g$ は連続関数である。さらに、$\phi_i(z) > 0$ となる $i$ については、必ず $z \in U_{x_i}$ であり、これは $F(z) \cap B(y_{x_i}, \varepsilon) \neq \emptyset$ を意味する。すなわち、ある $u_i \in F(z)$ が存在して $\Vert y_{x_i} - u_i \Vert < \varepsilon$ となる。$F(z)$ は凸集合であるため、これらの凸結合 $\sum \phi_i(z) u_i$ もまた $F(z)$ に属する。三角不等式より、 $g(z)$ と $F(z)$ の距離について次の評価を得る: $$ \text{dist}(g(z), F(z)) \leq \left\Vert \sum_{i \in I} \phi_i(z) y_{x_i} - \sum_{i \in I} \phi_i(z) u_i \right\Vert \leq \sum_{i \in I} \phi_i(z) \Vert y_{x_i} - u_i \Vert < \sum_{i \in I} \phi_i(z) \varepsilon = \varepsilon $$ したがって、任意の $z \in X$ において $\text{dist}(g(z), F(z)) < \varepsilon$ を満たす連続関数 $g$ が構成された。
ステップ 2: 逐次近似による関数列の構成
上記ステップ1の議論を応用し、連続関数列 $f_n: X \to Y$ を次のように帰納的に構成する。
まず $f_0(x) = 0$ とし、各 $n \geq 1$ に対して、
$$ \Vert f_n(x) - f_{n-1}(x) \Vert < 2^{-(n-1)} $$
かつ
$$ \text{dist}(f_n(x), F(x)) < 2^{-n} $$
を満たすようにする。具体的には、新しい多価写像 $F_n(x) = F(x) \cap B(f_{n-1}(x), 2^{-(n-1)})$ を考えると、これも下半連続かつ凸値(空でない)となる。これに対してステップ1の議論を適用して、その $\varepsilon$-近似として $f_n$ を選べばよい。
ステップ 3: 極限の連続性と収束
構成から、任意の $x \in X$ に対して
$$ \sum_{n=1}^{\infty} \Vert f_n(x) - f_{n-1}(x) \Vert \leq \sum_{n=1}^{\infty} 2^{-(n-1)} < \infty $$
が成り立ち、この評価は $x$ に依らず一様である。したがって、関数列 $\{f_n\}$ は $X$ 上で一様コーシー列となり一様収束する。バナッハ空間 $Y$ は完備(Complete)であるため、一様収束の極限関数 $f: X \to Y$ が一意に存在する。各 $f_n$ が連続であり、一様収束極限であることから、極限関数 $f$ もまた連続関数となる。
最後に、各 $n$ について $\text{dist}(f_n(x), F(x)) < 2^{-n}$ であり、 $F(x)$ は閉集合であるため、 $n \to \infty$ の極限において $$ \text{dist}(f(x), F(x)) = 0 \implies f(x) \in F(x) $$ がすべての $x \in X$ で成立する。これによって連続選択写像 $f$ の存在が証明された。 $\blacksquare$
Bartle-Gravesの定理は、バナッハ空間の間の全射な連続線形作用素が、線形とは限らないものの「連続な右逆写像」を必ず持つという、線形作用素の構造に関する決定的な定理です。R. G. BartleとL. M. Gravesによって1952年に発表されました。
$X$ と $Y$ をバナッハ空間とし、 $T: X \to Y$ を全射な連続線形作用素(Continuous linear surjection)とする。このとき、任意の $\varepsilon > 0$ に対して、以下の3つの性質を同時に満たす連続写像(一般には非線形) $g: Y \to X$ が存在する:
バナッハ空間の基本定理の一つである「開写像定理(Open Mapping Theorem)」により、 $T$ が全射であれば $T$ は開写像であり、各 $y \in Y$ に対して $T^{-1}(y) \neq \emptyset$ であることが保証されます。しかし、代数的な右逆元、すなわち $T \circ S = \text{Id}_Y$ を満たす連続な「線形」写像 $S: Y \to X$ が存在するとは限りません。
連続線形な右逆写像 $S$ が存在することは、幾何学的には $X$ がその閉部分空間である核 $\ker(T)$ と $S(Y) \cong Y$ の直和空間にトポロジーも含めて分解すること($X \cong \ker(T) \oplus Y$、すなわち空間の分裂)と同値です。しかし、無限次元バナッハ空間においては、「閉部分空間でありながら、直和補空間を持たない空間(非補空間)」が普遍的に存在します。例えば、有界数列の空間 $l^{\infty}$ の閉部分空間である、 $0$ に収束する数列の空間 $c_0$ は、 $l^{\infty}$ の中で直和補空間を持ちません(Phillipsの定理)。したがって、線形という条件を課したままでは大域的な逆写像は作れませんが、Bartle-Gravesの定理は「線形性を諦めて単に連続な写像という枠組みまで広げれば、大域 holiday 且つ性質の良い右逆写像が常に作れる」という驚くべき事実を示しています。
現代の関数解析学では、この定理はMichaelの選択定理のスマートな系として導かれます。
ステップ 1: 多価写像の定義
各 $y \in Y$ に対して、 $T$ による逆像を対応させる多価写像 $F: Y \to 2^X \setminus \{\emptyset\}$ を次のように定義する:
$$ F(y) = T^{-1}(y) = \{x \in X \mid T(x) = y\} $$
$T$ は全射であるため、任意の $y \in Y$ に対して $F(y)$ は空ではない。
ステップ 2: 条件の検証(閉性、凸性、下半連続性)
Michaelの選択定理を適用するため、$F(y)$ の幾何学的・位相的性質をチェックする。
ステップ 3: 定理の適用と斉次化の修正
以上の検証により、Michaelの選択定理(定理2.1)のすべての仮定が満たされる。したがって、 $T(f(y)) = y$ を満たす連続な選択写像 $f: Y \to X$ が少なくとも1つ存在する。
しかし、この段階の $f$ は「正の斉次性 $\alpha > 0 \implies f(\alpha y) = \alpha f(y)$」や特定のノルム評価を直接満たしているとは限らない。そこで、 $Y$ の単位球面 $S_Y = \{y \in Y \mid \Vert y \Vert = 1\}$ 上に制限した $f$ をベースにして、次のように写像 $g: Y \to X$ を再定義(斉次化)する:
$y$ が 0 でないとき、 $$ g(y) = \Vert y \Vert f\left( \frac{y}{\Vert y \Vert} \right) $$
$y$ が 0 のとき、 $g(0) = 0$
この $g$ は、定義から明らかに正の斉次性 $g(\alpha y) = \alpha g(y)$ を満たし、$y \neq 0$ で連続である。$y = 0$ における連続性についても、 $f$ がコンパクトな単位球面上に制限されていることから $\Vert f(u) \Vert \leq C'$ なる有界性を持つため、 $\Vert y \Vert \to 0$ のとき $\Vert g(y) \Vert \leq \Vert y \Vert C' \to 0 = g(0)$ となり、原点でも連続である。作用素のノルムの微調整($\varepsilon$ の導入)をステップ1の被覆のとり方に反映させることで、指定されたノルム評価 $\Vert g(y) \Vert \leq C(1+\varepsilon)\Vert y \Vert$ を持つ右逆連続写像 $g$ が得られる。 $\blacksquare$
これらの定理は、単なる抽象的な存在定理に留まらず、多方面の数学の進展を支えています。
古典的な微分方程式 $$ \frac{dx}{dt} = h(t, x) $$ を拡張し、右辺が集合値となる微分包含式(Differential Inclusion) $$ \frac{dx}{dt} \in H(t, x) $$ の解の存在証明において、Michaelの選択定理は決定的です。右辺の下半連続な多価写像 $H$ から連続な一価の選択写像 $h(t, x) \in H(t, x)$ を切り出すことで、問題を通常の常微分方程式(Peanoの存在定理など)に帰着させ、解の軌道を構成することが可能になります。また、最適化理論における制約想定(Constraint Qualification)の幾何学的解析や、非線形写像に対する陰関数定理の拡張である「Gravesの定理」の基礎ともなっています。
C*代数の理論において、二つのC*代数間の全射全同型写像(商写像) $\pi: A \to B$ が与えられたとき、$B$ の元を $A$ の元へ連続的あるいはノルムを保ったまま引き上げる「リフティング問題(Lifting problems)」が頻出します。Bartle-Graves의 定理は、線形構造を保つリフティングが不可能な場合でも、連続性を保ったまま(かつノルムの肥大化を一定以下に抑えて)代数の元をリフト(逆像から選択)できることを保証するため、ホモロジー環論的アプローチや拡大(Extension)の分類理論において基礎的な道具として稼働しています。
本解説の執筆にあたり、以下の原著論文および学術的文献を参照しました。